虫の息

おれは陽気なカブトムシ

終わりなき冒険の終わり

はてなインターネット文学賞「わたしとインターネット」

 

 

こういった題材で文章を書いたことは今まで無いので、少し緊張する。

おそらくインターネットの歴史や2ちゃんねるフラッシュ倉庫PeerCast、したらば、魔法のiらんどなどがネタに出されるのだろうが、これらを含みつつ、あくまでも自身が歩んできた人生を主観的に綴ることとする。

 

 

【序章】

7歳くらいのとき、父にPHSを持たされた。

電源を入れるとゲームボーイのような緑色の画面に、フクロウのマスコットが浮き上がる。いちおう検索エンジンらしきものはあったが、まともに使えるようなUIではなかった。

 

その後、デスクトップPCをもらった。Windows98を搭載したベージュ色のPCには、ぷよぷよ98やコミカルなキャラクターがたくさん出てくる学習ソフトが入っていた。

ヘルプを開くと水色のイルカがポップアップしてくる。イルカ、フクロウ、クマ、ヒツジなど、端末にはよく動物が出てくる。

 

 

中1で、IBMThinkPadをもらった。学校の授業でタイピングゲームをやったことがあり、友達の高速タイプに憧れていた。当時ドラゴンボールZの完全版を集めていたので、なぜこの練習方法に至ったかはわからないが、漫画の通りに文字を打つという謎の特訓をしていた。

 

ドラゴンボールZのセリフは実に難しく、“天津飯”や“餃子”はそのままなので問題ないが、“魔貫光殺砲”や“繰気弾”は当時のIMEでは簡単に変換できなかった。完全版で練習したので アニメの声を聞きながらタイプするというのもチャレンジしたが、フリーザの「カリッカリッ(カニを食べる音)」などはどうしようもなかった。最終的に声優の台本のようになってしまい、この特訓はお蔵入りとなった。

 

 

【1章:見えざる敵】

中2では初めて携帯電話を買ってもらった。最初は着メロやガンダムの壁紙をダウンロードする程度しかやっていなかったが、後にアダルトコンテンツに手を出し地獄を見ることになる。

 

野球部のイワノに教えてもらったアダルトサイトでは、時折フィッシングサイトに飛ばされることがあった。今思えばしょうもない内容だったが、【18歳以上ですか】という確認のページは、18歳未満のおれたちには基本的に【はい】を押してしまうという心理的脆弱性があった。

 

【はい】を押した瞬間現れたのはブルースクリーンに“12万円の一括請求のお知らせ”という目を疑う文章で、驚いたおれはそのままケータイの電源を落とした。

しばらくベッドで考え込んでいたが、なんとなく大丈夫だろうと思い再び電源を入れた途端、アダルトサイトから請求関係のSMSが鳴り止まなくなった。

 

ドメイン指定拒否…電話番号の変更…いろいろ試してもどういう理屈なのか無限に送られて来るショートメール。怖くなったおれは、なんと警察に電話したのだった。

 

「あなた、何歳ですか?」「じゅ、14歳です」「はぁ…」というやりとりの後に、そもそも18歳未満なんだから利用するな、無視するなりして対処しなさいという内容のお説教を体感で30分ほどいただいた。親には「こうなるからケータイをあげるのが嫌だったんだよ」と言われた。

 

学校で何やら友達に設定をしてもらってからはショートメールが来なくなったが、そのときに設定していた着メロ、アンダーグラフの“ツバサ”は今でもビクッとなるくらいトラウマになっている。

 

【2章:覚醒】

高1。市立の単位制高校に通っていた。必修科目に“情報”の教科があるので、生徒全員に富士通のカスみたいな性能のラップトップPCが配布された。

 

オタクくんたちは東方妖々夢やガチャガチャきゅ~っとふぃぎゅ@などに熱中していた。メンヘラとオタクのハーフみたいなおれは、ケータイではフリーブログで腕を切っている画像やポエムを投稿し合うだけのサイトを作り、日々低きに流れていた。

PCではSFCエミュレータを使い、天地創造などの名作を幼少期の思い出と共にリプレイしていた。

 

同世代と一緒にPCを使うと、いろいろな情報が入ってくる。ひたすら違法アニメサイトで涼宮ハルヒの憂鬱を見ている女、ヘッドホンをつけてリトバスをやっているオタク、プログラムをコンパイルしている優等生、本当に色んなやつがいた。

 

中でも気になったのが学校のセキュリティを突破してFPSをしているやつだった。ヘッドホンから若干声が漏れているので、おそらく聞き専でVCを繋いでいる。小さい声で文句を垂れていたので最初はきっしょオタク死ねやくらい思っていたのだが、どう見てもPvPだったので驚いた。ゲームが終わって画面を見ると、“SuddenAttack”の文字。家に帰ってからやってみようと思った。

 

ネトゲ自体数える程度しかやったことがなく、コルムオンラインではいきなり勧誘されて徹夜でダンジョンを踏破するという過激派ギルドに入れられて3日で抜けたしコルム自体もそのときにやめている。

アラド戦記無課金でぼちぼちやってたけど、引っ掛けた女子高生とビデオ通話をしたらブスすぎて気まずくなり、ギルドが解散されてやめてしまった。

 

帰宅後、さっそくSudden Attack(以下SA)をダウンロードしてみた。Celeronのシングルコアでも問題なく動くんだから、クロスポートが実装される以前のSAは本当に軽かったんだなと思う。

何度か第3補給倉庫とウェアハウスを往復して、ひたすら野良を楽しんだ。身内に縛られるツラさを他のゲームで知っていたので、なるべくクランには入るまいとしていた。

 

少尉1号棒になったあたりで、クラン戦(CW)の誘いがささやきで飛んできた。KDは50%前後で、最初の垢にしてはまぁまぁ頑張っていたと思う。

戦い方はグレで荒らしてGAL-1で突っ込むという如何にも初心者らしい最悪なものだった。SkypeやTSくらいならバックグラウンドで動かしても問題なかったので、またたく間にCWの沼にハマってしまった。

 

 

【3章:因果応報】

18歳、おれは(ほぼ無職に近いが)フリーターだった。ゆえにけっこうガチでSAをやり込み、大佐6号棒までのし上がった。PCは当時のハイエンドモデルをドスパラで購入し、LANカードや周辺機器もバイトの初任給でやれる範囲でこだわった。

 

KDはサブ垢で60%をキープ、最初から使っていた垢では55%と中堅アサルターになっていた。早朝勤務で午前4時から9時までの勤務だったので、朝寝て夜起きるという生活が続いた。そのためバイトが始まるギリギリまでVCを繋いで、CWを連戦したあとに働くという過酷な日常を過ごしていた。

 

それからプレイ時間が5000時間を超えたころ、初めて大きな大会に出場することができた。SR1人の公式ルールだった。VCで敵の配置を確認する。「ダブルドアAR1、ずっと壁抜きしてる」「BロングAR1SR1、凸の様子なし」

 

敵は初回ラウンドでいきなり突撃してくる様子はなかった。開始30秒でAサイトのロングにいるARから連絡があり、どうやらA凸を仕掛けてこようとしているらしい。センターに繋がるクランクにいたおれも、センターからの侵入を確認しながらAサイトを警戒した。

 

ロングから敵のSRが顔を出し、爆破ポイント前を走っていたAR勢は空爆を受け、AK-47なら1発半で死ぬくらいまで削られてしまった。

おれともう1人は凸ってきたARにやられたが、残るSRが上手く立ち回ってくれて、なんとか爆弾解除に間に合った。

 

最終ラウンドまで一進一退の攻防が続いた。チームのVCでも高校生や韓国人が大いにはしゃぎ、“勝てる”という確信に満ちたものがあった。が、そのときうんこを我慢していたおれに限界が来てしまった。

 

最終ラウンドが始まる直前、何も言わずに席をたち、今までの人生で入れたことのないチカラを下腹部に込めた。ダイストリームみたいな勢いで出た下痢も流さずにPCに戻ったが、放置していた時間が長かったせいで部屋から出されてしまっていた。

別に反則負けではないが、人数差にしてもモチベーションにしても負け確だった。

 

VCではもちろん文句の嵐で、謝るにも謝罪しきれなかった。韓国人に韓国語で罵声を浴びせられたが、何を言っているのかわからないのでVCを切った。

クラン退会後もしばらくSAをやっていた。プレイ時間は最終的に8000時間を超えたが、“ゴミ大佐”の悪名をもらって間もなく引退した。

 

その後は他のネトゲやコミュニティに属し、PeerCastの配信者として活動していた時期もあった。ちなみに父親の名前が「ヒロユキ」なので、初めて配信中に凸されたときは軽く祭りのようになった。

余談だが、バハムートラグーンで“ヨヨの???”を食べて育ったベヒーモスの名前も「ヒロユキ」にしていた。

 

フリーター配信者という現状を打開するために、19歳でオタクくんがたくさん通っているタイプの専門学校に入学することになった。ちなみにこのとき借りた奨学金に今でも首を絞められている。

 

知っている人にはわかってしまうと思うが、SAのランカーである抹茶くんが通っている学校だった。ゲーム内で幾度と見ていた抹茶くんは、メガネで背が低めのオタクだった。すげぇ!抹茶じゃん!とは思ったが、とくに学校生活で接することもなかった。

言うまでもないが、この専門学校で培った知識は1ミリも今後の人生で役に立つことはなかった。

 

【4章:田舎メンヘラ】

20歳になる直前、おれは実家を出て姉の家で暮らしていた。奨学金を借りながらの学校生活だったので、とくに親元を離れて困ることはなかった。

無一文で家を出たので、姉が服やらカバンやら身の回りの物を買ってくれた。美容室にも通い、オタクを若干脱したかな?程度にはなった。

 

このころは特にTwitterアメーバピグにハマっていた。18歳からやっていたTwitterだが、やり始めた当時はガチャピンと鳩山元首相しかフォローしていなかった。ところが専門学生になってから、その手の会社員などと交流があり、フォロワーが増えたのでSNSとして楽しむことができていた。

 

アメーバピグでは、某掲示板で流行っていた小中学生煽りというものをやっていた。同じ趣向の人間が集まる部屋があり、気持ち悪いアバターのやつらと一緒にSkypeを繋ぎながら日々ニコニコやらフラッシュゲームを楽しんでいた。

 

アメーバピグで知り合ったオタクたちは、ほぼ全員無職だった。30歳近い群馬のメンヘラ、うつ病で辞職したおっさん、腐女子の高校生、不登校の男の子など、様々な“闇”を見た。

その中に、人間関係が嫌になり銀行員をやめてしまった20歳のメンヘラがいた。

 

見た目に関してはあえて言及しないが、足首をカッターで切って病院送りになったという話を嬉々として話すタイプのメンヘラだった。

 

1年しないうちになぜかウェブカメラ越しに告られて付き合うことになったのだが、その少し前に群馬のメンヘラとオフ会をし、初体験もどき(勃たなかった)をしているので少々気まずかった。

 

付き合っているときはかなりの遠距離恋愛であり、お互いのジレンマや噛み合わない部分があり、度々別れ話が持ち出された。しかし会ってしまえば問題は解決し、また揉めるという地獄の共依存が1年半くらい続き、最後はおれがいつまでも就職しないことにしびれを切らして別れようと言われた。

 

おれとしても、さすがにもう終わりにしようかと思い、相手にさよならを告げようと通話をした矢先、別れ話を持ち出したのは就活に拍車をかけたかっただけらしく、「別れるなら生きている意味がない」という“ザ・メンヘラ”のようなセリフをごちゃごちゃ言い始めた。

 

カーテンレールに縄のようなものを掛け(どこから持ってきたのか知らんが)、首を吊るしたら乗っていた椅子を勢いよく蹴り飛ばした。おれは終始「やめろやめろ」と言い聞かせていたのだが、ついに人の死を目の当たりにしてしまった。

 

…というのは嘘で、結果的には彼女のふくよかな肉体をカーテンレールが支えられなかったようで、轟音と共に落下した。

ウェブカメラが勢いでどこかに飛んでしまい、彼女がすすり泣く声だけが聞こえていた。

 

それから1週間ほど経ち、臭いものにフタをするつもりで目をそむけていたが、Twitterのメンション欄に「クソ男死ね」というリプライがぶら下がっていたので、彼女の生存確認ができた。いや生きててよかった。

 

アメーバピグではこの他にも、“女子小学生2人とオフ会した話”や、“38歳のおっさんが女子高生と結婚しようとする話”などがあるが、書ききれないのでこのへんにしておく。たぶんこの話が一番面白いので。

 

 

【5章:底流】

Twitterでフォロワーをたくさん獲得していたおれは、彼女と別れた寂しさもあって、次に共依存する相手を探していた。1つ目のアカウントはIT系のおっさんたちの絡みが鬱陶しくて捨ててしまったが、2つ目のアカウントでは大いに暴れた。

妙な界隈に流れ込んだおれは、その中に男性を装っているがよく見ると若い女性っぽいアカウントを発見する。

 

数ヶ月の期間をかけ、ついに通話まで辿り着くと、やはり女性だった。しかも女子高生。最悪な思考回路しか持ち合わせていなかったので、どうやってオフ会まで持ち込もうかと必死になっていた。

 

ところが完全におれの下心を読んでいたようで、通話もわざと繋げたらしい。その界隈の人間は全員仕掛け人であり、後から知ったことだがおれを一斉スパブロで凍結させる口実を作っていたらしい。

通話後に間もなく一斉スパブロが飛んできたが、なぜかアカウントは無傷。そのせいかものすごい勢いで炎上し、面倒くさいのでアカウントを削除することにした。

 

3つ目のアカウントでは本当に人間として最悪なことしかしていない。オフ会、女性関係、“つらい”“死にたい”という発言ばかりが流れてくるグループ通話、いいね(Favorite)とフォロワー数で殴り合うタイムライン。もう完全に指先イマジネーションしていた。SA時代から続いてSkypeの歴史を半分語れるくらいには毎日通話していたと思う。

 

最初は“ふぁぼ界隈”を名乗るクラスタに属していたが、自傷行為やら向精神薬の話をしていると、徐々にそういったベクトルの女性たちが寄ってきた。何人か会ったが、ほとんどが風俗嬢だった。今でも、その手の女性たちがおれみたいな小男に寄ってきた理由がわからない。心因性EDなので、ほとんどがまともに勃たなかったが。

 

最後のアカウントについてはネット上で構築された人間関係から逃れるために作ったものだったが、最後は自分の子どもの成長日記となり、ただの父親となった今と他人の生活を比較してしまうのが嫌になったこともあり、もういいやと思って削除した。

 

別段人間関係でいざこざがあったわけでもなく、単に人と比べてしまうことが嫌になったからというだけだった。10年以上夢中になっていたSNSをあっさりと捨ててしまったとき、前の職場の管理職が“インフルエンザのおかげでタバコをやめられた”と言っていたのを思い出した。

 

Twitterで暴れた十数年、本当にいろいろなことがあった。この他にも、法に触れそうなこと、人としての尊厳が問われること、書ききれないほどの体験談があるが、今回は誰の目に留まるかわからないので、ここまでとさせていただく。

 

次は、おれが結婚する理由ともなったPSO2のお話。

 

 

【6章:終わりなき物語】

 

ラクそれは、惑星間を自由に旅する巨大な船団だ

 

発達障害だらけの船団「オラクル」の一員となったおれたちは、あ~^クスとしてShip1「フェ○」に乗り込むこととなった。

 

ファンタシースターオンライン2というゲームを知ったきっかけは、これまたTwitter経由だった。仲の良いフォロワーくんから誘われたこのゲームは実に中毒性が高く、一人で何かするというよりは、チームに入ってから初めて本領を発揮するゲームだと思う。

 

主導者の知識や行動力によってすべてが左右されてしまうので、何もわからない初心者がカスみたいなマスター率いるチームに入ってしまうと“グンネ・ソール最強笑”というように、間違った知識を植え付けられたまま緊急に行って晒される。

 

侵食核のついたクリス・ドラールに刺されて床を舐めているガルド・ミラ持ちのGu(ガンナー)も、盛りに盛ったスタミナに意識を奪われているのだ。ソールステⅢスピⅢアビⅢブーストが主流だった頃は本当によかった。

 

おれが入ったチームは、最初にこのゲームを教えてくれたフォロワーくんがチムマスを務める出来たてホヤホヤのチームだった。Twitterから数名を集めてワイワイやっている感じで、馴れ合いもいいところだったがまあまあ楽しかった。そしてこのチームに入ってきた退学したての17歳が、後の妻となる沼子(女ニューマン)だった。

 

沼子とおれたちは終わりなき冒険をした。アムドゥスキアでバーン・ドラールを倒しまくり、インパクトスライダーLv.16ディスクを掘り、森林でファング・ソールの多スロを掘り、アブダクションを引いたら仲間を呼んでリターナーを集めた。

 

「手のひらサイズのクォーツ・ドラゴン欲しいよな」「ゼッシュレイダはケツに入れたら痛そう」なんてくだらない話をしつつ、レベルキャップ解放のたびに多キャラにトライブーストを盛ってバレンタイン緊急を回しまくった。

 

 

その17歳はあるとき家出をすると言い始めて、姉の家を出て一人暮らしをしていたおれは、「一人暮らし寂しいし来ない?」と陰茎に脳味噌がついている人間のようなことを言った。しばらく通話やらで日程を決めてから、本当にうちに来ることになった。

 

フリーター22歳と家出少女17歳の生活が始まった。明らかな犯罪である。

インターネットに重きを置いた題材なのであえて詳細は省くが、形容しがたいことがたくさんあった。混沌の中、2年ほど同棲し、身寄りのなかったおれは嫁の実家がある東北で暮らすことになり、ほどなくして結婚した。

 

かくしてPSO2婚夫婦が誕生したのだ。

 

PSO2婚をしたという夫婦のブログを眺めていると、「新婚旅行はナベリウス。野良で初めて会ってファングバンサーを一緒に倒したよね///」などという戯けた内容のものが出てくる。こちとら新婚旅行は火山アドじゃい。

結婚したときは無職だったし、実際の新婚旅行なんてものはする余裕がなかった。というかよく無職で結婚できたな。

 

それから8年、現在は2児の父となり、低所得なりになんとか暮らしている。もちろんインターネットに触れていなければ今の自分はなかったと思うし、SNSに触れていなければ、9年前にネトゲをやっていなければ今の生活は手に入るものではなかった。Ifの並行世界があるとすれば、おれは飢えや孤独で自殺しているか、ヤク漬けで宇宙から帰ってこれなくなっていたと思う。

 

 

【7章:幼年期の終わり

自分のインターネットの利用方法は、本当に最低最悪だったと思う。例えるなら、辞書ツール付きの出会い系アプリのようなもので、調べものがあるときと寂しさを埋め合わせるときは超便利という感じだ。アナクロに言えば、エロ本と辞書の合同誌とも言えよう。

 

使い方はなんにしろ、インターネットを通したコミュニケーションは今や一般普及し、通話だ会議だ、BlueToothのイヤホンマイクで話しながら歩いている人も変人ではなくなった。

顔が見えないことのメリット・デメリットについても、みんなわかっていて利用しているのだろう。ましてや日常的にマスクを外せなくなった世の中なのだから、端末を通さない会話もLINE通話と変わりない。

 

おれ自身も散々出会ったり欲求を満たすためのツールとして使ってきたわけだが、良くないことをしてきたという自覚はある。だから、承認欲求を“満たしたい”のが普通、Tinderで出会うのが普通、という基準の乱れだけは危惧すべきものではないだろうか。

 

 おわり