虫の息

おれは陽気なカブトムシ

祖母

去年の夏ごろ、祖母が亡くなった。

 

全く連絡を取っていなかった親父から電話が来て、老衰で死んだと伝えられた。

そうか、と一言言った。

 

離婚したてのころから、祖母はおれにいじめられていると親戚に言い回り、週に1,2回は説教をされていた。何もしていないのにどうしてなんだろうと思っていたが、今考えればおれも相当精神的におかしかったし、祖母も統合失調症か何かだったのだと思う。だが、そこまで言うほどのものだったのだろうか。そもそも普通は親戚ではなく親父に言うだろう。

 

祖母は金でしか愛情表現ができない人だった。たとえ私生活や運営しているアパートの資金繰りが難しくなっても、親父に頼まれれば現金を出していた。それを後からおれに愚痴って来るのが日常で、内容が内容だったので中学生のおれにはかなりつらかった。

 

うちはそんなに金が無いのかと、次第に節約する習慣がついていった。節約と言っても家族全員が協力してくれるはずもないので、個人的にメシを食べなくなったり買い食いを全くしなくなるなど、ひどく極端なものになっていった。

 

そのくせ祖母が出す料理は山盛りの天ぷら、とんかつ、ステーキなど、おそらく高価格帯のものだった。野菜は親父が嫌いなので一切出てこない。海沿いなのでたまに煮魚などは出てきたが、栄養価が偏っていき、中学生にして高脂血症になった。

 

なぜ栄養価を考えないのかと祖母に質問すると「若い衆にはこういうものを食べさせていた」と言われた。最初はなんとも思わなかったが、何度聞いても同じ答えが返ってきた。祖母は昔ずっと自営業で、若い社員やアルバイトに精の付く食事を提供していたらしい。ただ、その人たちにも家があり、それなりにちゃんとした食生活をしていたのではないか。お前にとっておれは血縁がなく、ただの若い人間にすぎないのか。何度言っても無駄なので、全く食事を取らなくなり、拒食症気味になった。

 

医者にかかる金は一番ケチられていた。高校生までに高脂血症の他にも虫歯(全歯)、皮膚病、顎関節症など様々な病気にかかった。姉と暮らしているときにすべて直したが、顎関節症だけは治らず、今でも顎は歪んでいるし痛みもある。

 

身長160cm台に対して体重が40kg程度しかなくなった。顎関節症で肥大化した顎は痩せたせいでどんどん目立つようになり、元々あった醜形恐怖が悪化し、学校もほとんどいけなくなった。

 

成績はそこまで悪くなかったので、出席日数を計算して高校を卒業した。大学に行く金はないから就職しろと言われていたので何の勉強もしなかったのだが、ギリギリになってどうして勉強しなかったのかと祖母に怒られた。言葉に責任を持ってほしい。

 

親父が家で暴れて警察を呼べと祖母に言われて呼ぼうとしたら、本当に呼ぶ馬鹿がいるかと叱られたことがある。おれは茶番劇がしたいなら劇団にでも入ってくれと怒った。

 

それからしばらくして姉と暮らしたのだが、みんなで楽しく夕飯を食べているときに「お父さんが自殺未遂をしました」と警察から電話がかかってきたことがある。

 

「どうしますか」

「生きてるなら放っておいてください」

 

とくに怪我もないらしいのでそのまま解放されたそうだが、二階から飛び降りただけで死ねるわけがないだろ、おれでも着地できるよと、姉と笑いながら晩酌をしていた。

祖母はそのとき既にボケていたので、知る由もない。

 

葬式のとき、棺桶に入った祖母を親父と一緒に着替えさせた。

 

「綺麗に化粧してるね」

 

と親父は言ったが、自分が失明するまで殴って、へこんでいる目蓋には気づかなかったのだろうか。

おれはそれだけが悲しかった。