虫の息

おれは陽気なカブトムシ

恐怖を抱擁する

おれは33歳になり、長男はもうじき8歳になる。

 

長男が生まれて8年経った。早いとも遅いとも思わない。

順当な8年だと感じる。

 

子の成長を早く感じるのは、手をかけなければいけなかった幼児期を終えて、きちんと成長を遂げた場合だけだ…と思う。

 

幼児は前職の関係でざっと800人は見てきたのだが、長男はどんな子供にも当てはまらず、非常にクセの強い個体である。

後述する相談所の人にも”とても個性的で難しい”と言われるほどに。

 

1年生では暴力や協調性の無さにより致命的な問題児だった長男は、2年生に上がってからは1年生がレベル80だとすればレベル50くらいまで下がった。

ちなみにレベル50はウィンディがしんそくを覚えるレベルなので、そこまで低いとは言えない。

 

与えた物は初日~1週間以内に必ず壊し、今日食べた料理すら憶えていない長男。

会話の内容の7割は嘘で、見破るために学校へ電話をしたり、本人を問い詰めて真実を見抜くという探偵のようなことをする毎日である。

 

学校ではまともに授業を受けられず、授業中は勝手に廊下へ出てしまったり、全く関係ないことをしたりとADHDの権化というような振る舞いで、上靴を履けないから裸足で生活している。靴下を学校で脱ぐせいで紛失や汚れが増え、20足以上あったものがたったの5足になってしまった。

 

授業もまともに受けられないアホたれなのね、と思ったあなた。長男は学校で3人しかいない全国模試オール満点を取っている。

そう、いわゆる『ギフテッド』というやつである。

 

名称や知識に関する暗記が異常に早く(ただし興味のあるもの限定で)、考え方がぶっ飛んでいるので常人では理解不能な方向から答えに辿り着くことができる。

したがって一般的な考え方ができず、様々なところでちぐはぐが起きてしまう。

 

幸いこういった部分を理解している学校は、担任からカウンセラーから教頭までを巻き込んで尽力してくれている。

2学期からの取り組みだが、授業中に立ち歩くよりマシということで、長男が好きな読書や漢検の書き取りなどをやらせてくれている。

最初は授業に関心が無かった長男も、最近では聞くところは聞いていて積極的に挙手をしているらしい。教科書も出してないのに。

 

人間関係では体躯が小さいことが幸いし、ジャイアンになっていた1年生の頃よりも大人しくなったと聞く。きっと人間関係の中で力の差などを学んだのだろう。

 

徐々に落ち着いてきていて、明確にわかるほど成長したと担任には言われたが、突発的な暴力、順番の位置づけ、つまり衝動性を抑えることはできないように見える。

 

 

長男に手をあげたのは初めてではない。しかし、痣ができるほど殴ってしまったのは今回が初めてだった。

 

最初から、『大きな嘘』と『暴力』だけは許さなかった。

嘘に関してはもちろん子供の成長過程だなと思うような内容であれば許したが、暴力に関しては許すことはなかった。とくに次男に対する暴力は。

 

暴力の線引きだが、引っ叩いたり怪我をするようなことを実際に見ていた、または学校側から聞いて自他ともに認めている場合を暴力としている。

 

夕飯を作っているときだった。おれは危なっかしく次男が二段ベッドに上がっている様子を見ていた。次の瞬間長男は無理やり次男の足を引っ張り、床へ叩き落としたのである。

 

長男が次男に何かをして泣かせてしまったときの常套句は、「大丈夫?どうかしたの?」というもので、あたかも自分は何もしていないのに泣いてしまったかのように見せかけるという最悪な演技である。正直人間として終わってると思う。

 

あえて何があったのかを尋ねると、「次男がベッドから落ちた」としか言わない。ずる賢いので、”事実”の部分だけを切り取って伝えてくる。おれが全部見ていたことを伝えるとすぐに白状したが、怒りを抑えられなかったおれは我を忘れて長男を蹴り飛ばした。

 

何発蹴ったか憶えていない。10回くらいだろうか。家族に対する危害や怪我をする暴力は絶対に許さないと口酸っぱく言ってきたつもりだったので、怒りと悲しみで涙が止まらなかった。次男は口から血を出し、膝が腫れていた。

 

 

数日後、おれは小学校に呼び出された。

 

さすがに傷や痣が出来ていたんだろうなと思いながら学校へ行くと、案の定というか、担任、教頭、校長、そして児童相談所の人たちが座っていた。

 

足にできた痣を不審に思った担任が長男に聞いたらしい。

児相の人に対しておれは、「たぶんこうなると思っていました」と素直に言った。次男へ怪我をさせたことは何度かあるが、ここまでひどいことをしたことは記憶の限り無い。やってはいけないこととわかっていても、怒りを抑えられなかったと、すべて正直に言った。

 

警察沙汰かなと覚悟を決めていたのだが、長男の大変さを学校側が理解してくれていることもあり、おれが暴力を振るったことよりも長男をどうやって扱っていくかという方向へ話がフォーカスされていった。

 

(中略)

 

10月現在、児相との話し合いは何度か行っている。前述したが、児相から見ても長男は珍しいタイプの子供であり、解決策を練るのが難しいですねという話題で毎回終わってしまう。

 

年末、長男の”検査”や臨床心理士との面談が待ち構えている。発達だろうが疾患だろうが何でもいい。良い方向に向けばなんでも良い。

子供を理解し、受け止めることでおれ自身も一つ上の人間へ昇華していくこともわかる。

 

しかしなぜだろう。怖くないと言っても、怖いものは怖い。でかい爆弾でも落ちて、めちゃくちゃになって、全部がなくなってしまえばいいとすら思う。

親というものはそれだけの覚悟と、恐怖を抱擁できるほどの優しさが必要なのだろう。