虫の息

おれは陽気なカブトムシ

FPSのおじさん

14年前、FPSで知り合ったおじさんに、人生の指導をされたことがある。

 

サドンアタックで2,3年同じクランで過ごし、毎日のようにVCを繋いでいたおじさんは、元社長コーチで、石油王と飲み会をするような人だった。おれが18歳のときにおじさんは29歳だったのだが、おじさんの年齢を超えてしまった32歳になった現在でもそんな社会生活は考えられないほど遠く感じる。

 

おじさんはある日、「いろいろ話し合いたいから秋葉原のヴェローチェに来て」と言ってきた。10個以上離れている同性とのオフ会とは、なんだか複雑な気持ちだった。

地味なショルダーバッグとYシャツで家を出たおれは、スリップノットを聴きながら能見台駅へ続く坂道を下っていく(かなりダサい)。

 

品川で京急から山手線を乗り継ぎヴェローチェに着くと、ブラックスーツをビシッと着込んだ好青年が座っていた。

おじさんとは喧嘩してしばらく口を聞かないようなこともあったが、何だかんだいつも相談やくだらない話をするような仲だった。連日人生相談のような会話をしていたので、そのことで呼んでくれたのではないかなと察した。

 

挨拶などを一通り交わし、本題はやはり“人生について”だった。まずおじさんが触れてきたのは、今後の見通しについてのことであり、おれがそんなものはない、なるようになると思うと伝えると、“ビジョン”について語り始めた。よくある自己啓発のヤツや!と思っていたら、そんな感じでもなかった。

 

「明確なビジョンがなければ、将来の理想とする形を物理的に所持しておくといいよ。例えば乗りたい車のフィギュアでも、理想とする家族の写真でも良いし、住みたい環境を合成して写真立てに飾るのも良いね。」

 

そういうのもあるのか~としばらく聞いていた。おじさん自身は今の仕事に未来を見いだせず、資本金を貯めて起業すると言う。おじさんはすごいな、まだ29歳なのにこんなことを考えながら生きているのかと、18歳のおれは感心していた。

 

最後はネカフェでサドンアタックをして、メシを食ってから解散した。帰宅したおれは、早速おじさんに言われたとおりに写真を作ってみた。

 

車は黒のハリアーがいい。家は中2階のある平屋。子供は2人で4歳は離したい。自分は中堅サラリーマンで、28歳で結婚している。そういったビジョンを描いた合成写真を作り、財布に入れておくことにした。

 

そんな14年前の出来事を、30代に突入してから急に思い出した。実際のおれは中古のbBに乗り、2LDKのアパートに住み、子供が2人いて、田舎で事務員をやっている。24歳で結婚して子供が2人いること以外は達成できていない。ビジョンとして作った写真は新宿のゲーセンで財布ごとパクられ、とうの昔に失くした。

 

平凡な理想を求めてはいけない。早稲田を目指した高校生はMARCHに入り、大企業を受けた就活生は中小企業に落ち着くのである。年収600万程度の平凡な家庭を目指したおれは、世帯年収400万程度のギリギリ非課税世帯を逃れたような会社員になった。

“理想は高く”と言われる理由は、おれのような人間を生まないための言葉なのだと思う。